週報カセット特別版 #00
W幼馴染 / 主任視点
 深夜零時を、少し過ぎた頃。
 控えめなノックに応じて扉を開けてみれば、とても見慣れた、けれど少し意外な組み合わせの二人が立っていた。
「揃って来るなんて珍しいね」
 いつも何かと喧嘩しているのに、という意を込めて見遣れば、可不可は少し不服そうに肩をすくめて言った。
「用事があるのは僕なんだけどね。除け者みたいにすると雪風が拗ねるから、連れてきた」
「拗ねはしない。けど、二人が堂々夜更かししてるのは見過ごせないからな」
 喧嘩するほどなんとやら、というやつだと思うのであまり気にしないことにしているが、二人が相変わらず微妙にギスギスしているのは何故なんだろうか。訊いても何も教えてくれないので、理解は諦めている。
 立ち話も微妙だからと部屋に招き入れれば、二人とも勝手知ったる様子でソファに腰掛けた。
「それで、用事って?」
「届け物だよ。はい、どうぞ」
 手渡されたのは、緑色のカセットテープ。本来コンダクター用であるはずのそれには、『特別版#00』の文字が入っている。
「……やっぱり主犯は可不可だったか」
「人聞きが悪いなあ」
「カセットを無断使用しておいて、何しらばっくれようとしてるんだ」
「僕が許可を出したんだから、無断じゃないよ」
「屁理屈!」
 凪さんに始まったカセットテープのプレゼントは、彼の企画だったらしい。途中から、どうせそうなんだろうとうっすら気づいてはいたけれども。
 とはいえ、この最後のカセットが何なのかは見当がつかない。各班メンバーからのメッセージは全員分貰ったし、可不可たちも朝班のカセットで喋っていた。
「これには何を吹き込んだの?」
 聴けばわかることではあるのだが、どうせならと主犯に訊いてみる。すると、思いもよらない答えが返ってきた。
「班長を集めて、歌ったんだよね」
「歌?」
「そう。新曲だよ」
「新しい社歌ってこと?」
「ううん、プロモ用」
 プロモーション用には各班ごとに歌った曲や夕班のアイドル活動があるが、それとは別ということだろうか。班長を揃えたなら、HAMA全体に向けてのアプローチかもしれない。
「今聴いていい?」
「いいよ」
 カセットをプレーヤーにセットして再生ボタンを押せば、音楽が流れ始める。
 HAMAの街にぴったりな、何とも爽やかな曲だった。旅の始まりにもよく似た高揚が湧き上がってくる。
「いい曲だね、気に入った」
「それはよかった」
 満足げな可不可がかわいい。
「それで?」
「?」
 きょとんとした可不可もかわいい。
「なんでこんなサプライズみたいなことしたの? 区長全員巻き込んだ上に、カセットの無断使用までしてさ」
「無断じゃないってば」
「今日が何の日か、覚えてないのか」
「今日? えー……キスの日、とか」
 心当たりが全くない。さっぱりわからないのでふざけてみれば、一瞬にして空気が凍った気がした。
「……雪風、すごい顔してる」
「いや、なんでもない。確かに世間ではそういう言い方もあるらしいな」
 このお兄様は、相も変わらず過保護で困る。自分とそんなに歳が変わらないことをいつも失念しているようだ。
 考えてもわからないものはわからないので、答えはと問えば、可不可は少し呆れたような顔で教えてくれた。
「主任の就任記念日、今日なんだよ」
「あ」
「忘れてたんだな」
 しかたないだろう、就任が決まった頃はHAMAツアーズ全体がドタバタしていたし、各区長の選抜やらなにやらでずっと忙しかったのだから。日付なんて気にしている余裕はなかった。
「それでまあ、お前の記念日に向けて、カウントダウンしてたってわけだ」
「なるほど……全然思い至らなかった」
 一社員のためにそんな計画を立ててくれたなんて、ありがたい限りである。まあ、社長権限が濫用されただけのように思えなくもないけれど。
 そう思っていると、これで終わりじゃないよ、と可不可が言う。
「キミは覚えてなかったみたいだけど、他の社員たちにはとっくに周知されてるからね。お昼にお祝いのパーティもするから、お腹を空かせておくんだよ」
「パーティって……そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃない。大事な日だ」
 雪風はこういうことを恥じらいもなく言ってのけるから、こちらはなんだかむず痒くなる。ありがと、と囁くように零せば、彼はそれは嬉しそうに微笑んだ。
 じゃあおやすみ、とふたりが部屋を出ようとするのを、慌てて引き留める。大事なことを聞き忘れていた。
「これの、曲名は?」
 カセットを指して問えば、可不可が少し得意げに教えてくれる。
「裏面のほうに載ってるよ」
 そう言われて取り出したテープをひっくり返してみれば、確かにそこにはタイトルが書いてあって。
「……ぴったりだ」
「でしょ」
 彼があんまり嬉しそうに笑うものだから、この会社について来て良かったなあなんて、そんなことを思った。


『グッドラック』
 これからもどうか、良い旅を。
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