「潮はさ、ちょっとクラゲに似てるね」
「はい?」
ふよふよと揺蕩うそれの水槽をぼんやり眺めていたら、突然そんなことを言われて一瞬言葉に詰まった。
何も考えてなさそうだなっていう悪口ですか? なんて反射的に眉間に皺を寄せかけて、彼はそういうことを言う人間ではなかったなと思いとどまる。
「どこ見てそう思うんですか」
「うーん、なんとなく?」
「なんとなく……」
「えっと、かわいいよね、クラゲ」
「かわっ……いやそれ褒めてないでしょ」
「え、嬉しくなかった? ごめん」
お詫びに腎臓を……とかなんとか不穏なことを隣で呟き始めたので、別に嫌なわけじゃないしそれは結構ですと強めに静止をかけておく。いちいち大袈裟だけれど、放っておくとそのうち本当に売りに行きかねない。
この人にはきっと、打算だとか皮肉だとか、そんな浅ましい含みは欠片もなくて。似ているからそれがどうしたとかいうことも、たぶん考えていない。ただ本当に、なんとなくそう思っただけなんだろう。
だけど。
俺は、確かに似てるなと思いますよ。
自分自身の毒で自滅し得るところとか、誰かと近づきたくてもうまく近づけないところとか。
どこまでも愚かで、憐れだ。クラゲたちはそんなこと微塵も気に留めずに漂っているというのに、ちっとも割り切れないままでぐるぐるするしかない俺が。
「蜂乃屋さんって結構適当ですね」
「真面目に答えたのにひどい」
薄暗い展示室の片隅でひそひそと内緒の話ができるような、だけど互いの体温はわからないくらいの、絶妙な距離。彼なりの気遣いなのか無意識なのかはわからないけれど、悪くない、と思う。
そういえば、今日のチケットをくれたときも、この人はこんな調子だったっけ。この人は無遠慮に踏み込んでくるように見せかけて、実は越えてはいけない線の在処を慎重に探るような、そういう歩み寄りかたをしてくる。
彼は優しくて、嘘が吐けない人だ。
いろんな種類のクラゲが並ぶ中で、一際カラフルな水槽の前に立つ。他の水槽のクラゲのような毒々しさや長い触手の怪しさは、ここでは鳴りを潜めている。丸っこいのがあいかわらずふよふよしていて、確かにこれはかわいいかもな、なんて納得した。そしてなにより、ライトアップされたそれらは、きれいな花束みたいで。
「蜂乃屋さんも似てるんじゃないですか」
「えっ」
「確かにかわいいですよね、クラゲ」
「え、」
「……褒めてますよ」
やわらかい光のよく似合う彼が、ほんの少しだけ、羨ましいと思った。