ボタン

卒業後。着たくない服って、の話より。



「う〜ん……」
「何悩んでるんだ?」
「新しいルームウェア、どれがいいかなーって」

 お泊まりの夜。
 ベッドに座って雑誌を広げていたら、お風呂上がりの珪くんが後ろから覗き込んできた。そのまま隣に腰を下ろされたので、寄りかかって体重を預けてみる。うん、あったかくていい匂い。

 珪くんがうちへ来て晩ご飯を食べることも多いけれど、泊まりとなると家族の目があるのはなんだか気恥ずかしくて、最近では珪くんの部屋にお邪魔することが増えた。
 毎回荷物を持って行き来するのは面倒だということで、必要なものは一式置いておけば、という珪くんのお言葉に甘えることにした。どうせなら部屋着も新調しようと吟味しているところ、なのだけれど。

「この中だったらどれがいいと思う?」
「おまえが好きなの着ればいいと思うけど……」

 これだという決め手がなくて、自分ではなかなか決められそうにない。珪くんのセンスに委ねてみようかと雑誌を差し出せば、あまり気乗りしなさそうな顔で、それでも一応検討はしてくれるみたいだった。

 これは手触りがよさそう、こっちは最近流行りの色、これは可愛いけどちょっと予算オーバーで……と説明しながら、珪くんの表情を伺う。せっかくなら珪くんの好きそうな服を着たいから。
 だけど、どれを見せても、なんとなく反応が鈍い。私の部屋着に興味なんてなかったかな、と落ち込みかけたところで、ようやく彼が口を開いた。

「これは? こういうの、好きだったろ」

 そう言って珪くんが指さしたのは、私が早々に候補から外した服だった。確かに私の好みのデザインだし、自分の家で着る用に買おうかとも考えたものだけれど、

「これ、ボタンを留めるタイプなんだよね」

 まだお付き合いを始める前、珪くんが話してくれたことを思い出したから、なんとなく、避けておこうかと思って。けれども当の本人は、ピンときていないという表情で首を捻った。

「ボタンだとだめなのか?」

 今着てるのだってボタンついてるだろ、と正面から覗き込まれる。それはそう。これは高校生の頃に買ってあったのを持ってきたんだもの。

「だって珪くん、前に、ボタンが多い服は面倒だって言ってたから」
「俺?」
「その、そういうことをするときに、珪くんが嫌かなって、思って……」

 言いながら、あれ、と思考が急停止した。

 もしかして私、結構恥ずかしいことを言っているんじゃないだろうか?
 一旦冷静になってしまうと居た堪れなくなってきて、どんどん声が萎んでいく。やっぱり聞かなかったことにして、と掠れた声で絞り出せば、珪くんはそれでようやく合点がいったみたいだった。

「ああ、そういう」

 いや、忘れてってば。

 珪くんの手から、雑誌をすばやく抜き取る。
 彼の体温から距離を取ろうとベッドの端へと逃げ……ようとしたけれど、すばやくお腹に回された腕に阻まれてしまった。普段おっとり過ごしているくせに、こういう時だけ反応が早いのはちょっとずるい。

「自分で着るときは、まあ、面倒だけど」
「け、珪くん」

 ぐっと引き寄せられて、背中に体温が戻ってくる。シャンプーの香りにふわりと包まれて、自分の心臓が早まるのがわかった。
 パジャマの一番上のボタンを、とんとんと指先で軽く弾かれる。熱くなった私の耳元で、珪くんがふっと笑った。

「おまえのを一つずつ外していくのは、楽しいよ」
「そう、なんだ……」

 珪くんのからかうような優しい声が、頭の中を巡ってくらくらする。
 こういう触れ合いにはすっかり慣れたつもりでいたけれど、やっぱり、慣れる日なんて来ないのかもしれない。

「なあ、」

 いいか? と囁かれて、逃げ道なんてあるはずもなく。
 返事代わりに彼の頬へキスを落とすのが、今の私の精一杯だった。