金魚

花火大会。浴衣についての話より。



「あ、珪くん、見て」

 隣を歩く彼の袖をくいと引けば、振り返った薄緑と目があって、繋いだままの右手をぐっと握り直された。

 花火大会の夜はどこもかしこも混んでいて、気をつけていないと、あっという間にはぐれてしまう。人混みが得意ではなさそうな彼には申し訳ないけれど、手を繋ぐ口実ができて、私はちょっと得をした気持ちでいる。

「どうした?」
「金魚すくいだって」

 少し離れたところに見える屋台を指せば、ほんとだ、なんて、すごくのんびりした声が返ってきた。

「やっていく?」
「いや、俺はいい」

 おまえがやりたいなら寄るけど、と珪くんは首を傾げる。あれ、思っていた反応となにか違う。

「珪くんがやりたいかなって思ったんだけど」
「……なんで?」
「だって、金魚好きだって」

 考えてもみなかったというような顔をして、珪くんはゆっくり瞬いた。

 珪くんの隣を歩くのに、不釣り合いだと周りに思われたくなくて用意した浴衣。開口一番褒めてもらえたのが嬉しくて、ずっと気持ちがふわふわ浮かれている。
 珪くんの好きなものをまたひとつ教えてもらえたんだって、また一歩近づけたって思ったのに。珪くんにとっては、そういうキラキラした気持ちで零した言葉ではなかったのかな。

「金魚、好きなのは……本当」

 繋いだ手が解けそうになるのを、慌ててぎゅっと握り直す。珪くんは一瞬目を見開いて、それから小さく笑った。その目は、なんだか、寂しそうに見えた。

「ひらひら泳いでるのがいいんだ。自由で」

 屋台の灯りが眩しい。
 賑やかな人混みの中で、珪くんの静かな声だけが私の鼓膜を揺らす。

「俺だけのものになったら、嬉しい、けど」

 すっと逸らされた視線を追えば、その先には金魚の入った巾着を提げた子供がいて。

「……自由なままでいてほしいから」

 だから遠くから眺めていられればそれでいいんだ、と珪くんは呟いた。
 まるで、自分には手に入れる資格がないとでも言うみたいだ。それはなんだか、とてもきれいで、かなしいことだと思った。

 珪くんが見ているのは、本当に金魚なのかな。金魚でも屋台でも子供でもない、どこか遠くを眺めているような、そんな感じがしていた。

「……じゃあ、さ」

 私は、どうだろう。
 大好きな何かを、焦がれた相手を。自分のものにできるチャンスが目の前にあったとして、遠くから見守るだけで満足できるだろうか。

「今度、海にでも行く?」
「……魚を見にってことか?」
「うん。きっとひらひらしてるよ」
「金魚は淡水…………いや、でも、そうだな」

 繋いだ手に、今度は珪くんがぎゅっと力を込めてくる。呆れたみたいな表情をしているけれど、顰めた眉を少し緩めたのを、私は見逃さなかった。

「そうだな、海、行こう。約束」