Girl's Side 2nd Kiss

3年目の花火大会、帰り道。忘れなければ思い出さない。

金魚


    「花火、綺麗だったね」
    「そうだな」

     人混みをようやく抜けて、出店も通行人もまばらな路地を歩く。
     高校生最後の夏休み。この先もまだまだデートの予定が詰まってはいるけれど、花火大会のあとは、いつも少しだけセンチメンタルな気分になる。

    「あ、」

     ひらり、視界の端で揺らめいた気がした。
     吸い寄せられるように、ふらふらと屋台の方へ近づいてみる。手を繋いだままだったから、引っ張られた瑛くんがちょっとよろけた。振り返ってごめんねと見上げれば、今のはかわいかったから、と許された。最近の瑛くんはときどき判定がすごく甘い。

     屋台に並んでいたのは飴細工だった。もう店じまいが近いからか、什器には両手で数えられるほどしか刺さっていない。もっと早い時間には実演もしてたんだけどね、と店主のお兄さんが少し申し訳なさそうな顔をしたけれど、それよりも、私は並べられた中のたったひとつに釘付けだった。

    「ほしいのか?」

     瑛くんがひょいと覗き込んでくる。それに頷いて財布を取り出そうとしたけれど、使い慣れない鞄の口がうまく開けられなくてもたついてしまう。そんな私を横目に、彼は店主さんに小銭を差し出した。

    「おじさん、これひとつちょうだい」
    「まいど、一リッチね」

     好きなのを一本取っていいよと言われて、瑛くんはどれにするのかなとぼんやりしていたら、ほらと脇を小突かれた。

    「私?」
    「食べたいんだろ」

     買ってくれる、ということでいいんだろうか。その言い方だと、なんだか私の食い意地が張っているみたいに聞こえる。選ばないなら俺が勝手に選ぶけど、と急かされて、私は慌てて赤い金魚のそれを手にとった。


    「食べるの、ちょっともったいないなぁ」
    「カビが生える前には食べてくれよ?」
    「わかってるよ。せっかく買ってもらったんだもん」

     街灯の光に翳して透かしてみれば、飴はきらきらと輝いているみたいだった。
     綺麗だから瑛くんにも見てもらいたかったけれど、横目で盗み見ても、彼とは視線が交わらなくて。やっぱり、金魚の話を蒸し返したようで気に障っただろうか。

     ふと、瑛くんが昔好きだったという女の子は金魚の話を知っていたのかな、なんていうちりちりとした感情が過った。どんな子だったの、なんて、怖くて聞けないけれど。自分ばかりもやもやを抱えているのも癪で、下駄で足元の小石を軽く蹴飛ばした。

    「わたしもね、思い出すよ。いつかの夏に知り合った男の子のこと」
    「……へえ、どんなヤツ?」
    「うーん、どうだったかなあ」

     大切な思い出だったはずなのに、記憶はいつもぼやけていてもどかしい。やさしかったあの男の子はどんな顔で笑っていたっけ。
     瑛くんは興味なさげにこちらへちらりと視線を寄越したあと、うっすらと笑った。

    「俺はさ、これから先、金魚のことを思い出すときには、きっとおまえのことも浮かぶだろうなと思うよ」
    「瑛くん……」
    「飴持ってはしゃいで、……マヌケな顔」
    「もう!」

     いい話の流れだったじゃん! と軽いチョップでもお見舞いしようかと思ったけれど、繋いだ右手をゆるめた途端、強く握り直されて振り解けなかった。代わりに拗ねたみたいに頬を膨らませてみせれば、ごめんごめんと、瑛くんは上機嫌に笑った。

     来年の私たちは、お互いにどこで何をしているだろう。
     一年先の約束を躊躇いなくもちかけられるだけの勇気は、まだないけれど。今日の彼の無邪気な笑顔は思い出にはしたくないと、飴細工に祈ってみた。