深夜零時を、少し過ぎた頃。
控えめなノックに応じて扉を開けてみれば、とても見慣れた、けれど少し意外な組み合わせの二人が立っていた。
「こんな時間に揃って来るなんて、珍しいね」
この時間の雪にぃは大抵就寝中だし、可不可はひとりで来たがることが多いのに……という意を込めて見遣れば、可不可は少し不服そうに肩をすくめて言った。
「用事があるのは僕なんだけどね、ちょうどそこで会っちゃって。除け者みたいにして拗ねられても面倒だから、連れてきた」
「拗ねはしない。けど、二人が堂々夜更かししているのは見過ごせないからな」
喧嘩するほどなんとやら、というやつだと思うのであまり気にしないことにしているけれど、ふたり(というか、主に可不可)が相変わらず微妙にギスギスしているのは何故なんだろうか。訊いても「そういうところだよ、主任ちゃん」とかなんとか言って何も教えてくれないので、最近は半ば諦めている。
立ち話も変だからと部屋に招き入れれば、二人とも勝手知ったる様子でソファに腰掛けた。
「それで、用事って?」
「お届け物だよ。はい、どうぞ」
手渡されたのは、緑色のカセットテープ。本来コンダクター用であるはずのそれには、『特別版#00』の文字が入っている。
「……やっぱり、主犯は可不可だったんだね」
「人聞きが悪いなあ」
「カセットを無断使用しておいて、何しらばっくれようとしてるの」
「僕が許可を出したんだから、無断じゃないよ」
「屁理屈!」
凪くんに始まったカセットテープのプレゼントは、彼の企画だったらしい。まあ、前にも練牙くん主催のサプライズでリーダーたちからのメッセージをもらったことがあるし、どうせそんなところだろうとうっすら気づいてはいたけれど。
とはいえ、この最後のカセットが何なのかは見当がつかない。各班メンバーからのメッセージは全員分貰ったし、可不可たちも朝班のカセットで喋っていた。
「これには何を吹き込んだの?」
聴けばわかることではあるのだけれど、どうせならと主犯に訊いてみる。すると、思いもよらない答えが返ってきた。
「各班のリーダーたちを集めて、歌ったんだよね」
「歌?」
「そう。七基に書き下ろしてもらった新曲だよ」
「新しい社歌ってこと?」
「ううん、これはプロモ用」
プロモーション用には各班ごとに歌った曲や夕班のアイドル活動があるけれど、それとはまた別ということなんだろうか。リーダーたちを揃えたのなら、HAMAというよりもJPN全体に向けてのアプローチなのかもしれない。
「今聴いていい?」
「もちろん」
カセットをプレーヤーにセットして再生ボタンをぐっと押し込めば、くるくると音楽が回り始める。毎回のことながら、このテープ特有のモーター音と微かなノイズが好きだ。
流れてきたのは、HAMAの街にぴったりな、何とも爽やかな曲だった。旅の始まりにもよく似た高揚が湧き上がってくる。可不可の手を引いて旅をしたあの日も、逆に差し出された手を取ってこの街を再興させると誓ったあの日も、こんなふうにドキドキしたっけ。
「いい曲だね、気に入った」
「それはよかった」
あとで七基にも直接伝えてあげてね、と満足げな可不可がかわいい。
「それで?」
「?」
きょとん首を傾げる可不可もかわいい。かわいいのだけれど、それはそれとしてこの策士のことは一旦問い詰めておかなければ。
「なんでこんなことしたの? 区長全員巻き込んだ上に、カセットの無断使用までしてさ」
「無断じゃないってば」
「主任は、今日が何の日か覚えてないのか」
「今日? えー……キスの日?」
日付が変わって、五月二十三日。心当たりが全くない。さっぱりわからないのでふざけてみれば、一瞬にして空気が凍った気がした。
「……雪風、すごい顔してる」
「いや、すまない。確かに世間ではそういう言い方もあるらしいな」
このお兄様は、相も変わらず過保護で困る。自分とそんなに歳が変わらないことをいつも失念しているようだ。
考えてもわからないものはわからないので、答えはと問えば、可不可は少し呆れたような顔で教えてくれた。
「今日はね、主任ちゃんの就任記念日なんだよ」
「……あ、」
「忘れていたんだな」
しかたないだろう、就任が決まった頃はHAMAツアーズ全体がドタバタしていたし、そこからずっと、各区長のスカウトやらツアーやらなにやらで忙しかったのだから。日付なんて気にしている余裕はあまりなかった。
「それでまあ、お前の記念日に向けて、カウントダウンしていたというわけだ」
「なるほど……全然思い至らなかった」
それぞれのカセットを今日中に聞けと念押しされたのは、日数と番号のカウントダウンを成立させるためだったのか。
いち社員のためにそんな計画を立ててくれたなんて、ありがたい限りである。まあ、どちらかというと社長権限という名の可不可のわがままが濫用されただけのように思えなくもないけれど。
そんなことを考えていたら、これで終わりじゃないからね、と可不可が言う。
「キミは覚えてなかったみたいだけど、他の区長たちにはとっくに周知されてるからね。お昼にお祝いのパーティもするから、お腹を空かせておくんだよ」
「パーティって……そんな、誕生日でもないのに大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃない。皆にとって大事な日だ」
雪にいはこういうことを恥じらいもなく言ってのけるから、こちらはなんだかむず痒くなる。ありがと、と囁くように零せば、彼はそれは嬉しそうに微笑んだ。
じゃあおやすみ、とふたりが部屋を出ようとするのを、慌てて引き留める。ひとつ、大事なことを聞き忘れていた。
「これの、曲名は?」
カセットを指して問えば、可不可が少し得意げに教えてくれる。
「裏面のほうに載ってるよ」
そう言われて取り出したテープをひっくり返してみれば、確かにそこにはタイトルが書いてあって。
「……ぴったりだね」
「でしょ」
彼があんまり嬉しそうに笑うものだから。やっぱこの会社について来て良かったなあなんて、そんなことを思った。
『グッドラック』
これからもどうか、良い旅を。
週報カセット特別版 #00
W幼馴染 / 主任視点
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