週報カセット特別版 #01
朝班 / 主任視点

 HAMAツアーズの朝は早い。
 といっても、決して業務開始が早いわけではなくて、実は同じくらい夜が遅かったりもする。みんなが同じ寮で生活しているので、起床の早い一部の区長たちが動き出すと同時にHAMAハウスの一日が始まるのである。
 自分は比較的早い時間に起きるほうではあるけれど、幼馴染と犬らしきものの散歩についていけるほどではない。共用スペースへ顔を出す頃には大抵一人と一匹はいつものコースを回って帰ってきたあとで、キミも一緒に来ればいいのに、なんて少し恨めしそうに言われるのがいつものことだった。もちろん、一緒にお世話したい気持ちはあるので、夕方の散歩にはついて行くけれど。
 だけど、今日はかなり早くに目が覚めた。リビングを覗いてもまだ誰の姿もなくて、だれの足跡もない新雪を独り占めするときみたいな、なんだかちょっと得をした気分だ。
「あ、」
 ソファに座って新聞をぱらぱらと捲っていると、全面広告に目が止まる。最近練牙くんが宣伝モデルをしているブランドだ。
 彼はいつ見てもどの角度でも綺麗で、すごいなあと思う。普段の懐っこい笑顔を知っているから、余計にそう思うのかもしれない。みんなが新聞を読み終わったら切り取って、区長たちの活躍を集めたスクラップ帳に貼っておこうかな。
 そんなことを考えていたので、背後の気配に、声をかけられるまで全く気づかなかった。
「あ、それ、オレの……か?」
「!」
 練牙くんだった。噂をすれば、というやつだ。
「おはよう、練牙くん。今日はいつもより早いね」
「ああ、今日は午前中から撮影なんだ。もうすぐ迎えに来るって、さっきマネジからメッセがきてた」
「そっか、雑誌のお仕事って言ってたよね。頑張って!」
 そういえば社屋のホワイトボードにもそう書いてあったっけ、と記憶を掘り起こす。どうりで、こんな時間なのにすっかり着替えまで済ませているわけだ。そう意識した途端、寝起きそのままに部屋着でリビングに出てきた自分が少し恥ずかしくなってきて、開いていた新聞広告をそっと閉じた。いつものことなのだから今更誰も気にしていないのだろうけれど、綺麗なものの前では綺麗にしていたくなるのが人間というものである。
「あ、晩ご飯はどうする? 雪にいに伝えておくよ」
「そうだな、今夜は雪風が……あ、いや! なんでもない! えっと、夕方の会議までには帰って来られると思う、から! 寮で食べる!」
「? 了解!」
 咄嗟に何かを誤魔化したようだけれど、なんだろう。気になりはするものの、深刻な話題ではなさそうなので、ひとまず追求せずに気づかないふりをしておく。
 練牙くんは話題を逸らすように鞄をごそごそと探り出した。初めは意味もなく中身を取り出したりしまったりを繰り返していたけれど、途中で何かを思い出したのか、明確に何かを探すような仕草へ変わった。
「そうだ。実は、主任に受け取ってほしいものがあって……」
「もしかして、カセットテープ?」
「! そう! だけど、なんで知ってるんだ……?」
「もう他の班のリーダーたちからは受け取ったからね。練牙くんもくれるのかなーって」
「そっか、そうだよな。主任はエスパーなのかと思ってびっくりした」
 彼は天然なのか何なのか、こういうかわいげのある人である。
 これだ、と差し出された朝班用の青いそれには、予想通り『特別版#01』の文字。ようやく全班分が揃ったことになる。
「ありがとう。すぐに聞くね」
「オレが玄関出るまでは聞いたらダメだからな!」
「わかってるよ。練牙くんを見送って、部屋に戻ってからにする」
「絶対だぞ!」
 じゃあオレはもう行くから! とリビングを出る練牙くんの後について、一緒に玄関へ向かう。ふたり分のスリッパがぺたぺた鳴って、少し楽しい。
「行ってらっしゃーい」
 練牙くんが靴を履き替え終わったところで、ドアの向こうに、ちょうどやってきたマネージャーさんの車が停まった。
 後部座席に滑り込んだ練牙くんを見届けて、しっかり戸締りをして。もらったカセットを聞くために、まだ静かな廊下を戻って、自室のベッドに飛び込んだ。

『可不可だよ。主任ちゃん、いつも僕たちを支えてくれてありがとう。これからも、一緒にHAMAの街を盛り上げていこうね』
『雪風だ。お前がいてくれるから、俺たちは今日も頑張れる。夕飯は雪風印のシュウマイにしよう』
『鹿礼光だ。無理をしがちなのは感心しないが……お前の働きにはいつも世話になっている。うさぎたちも含めて、な』
『どうも、叢雲添で〜す。日々頑張ってるご褒美に、今度、ちょっといいお酒でも飲みに行きましょ』
『西園練牙だ! オレを信じてくれて、見守ってくれてありがとう。これからも、全力で頑張るからな!』
『主任ちゃんがいてこそのHAMAツアーズだからね。次のツアーの企画も始まるし、これからさらに忙しくなるだろうけど……僕たちでならやり遂げられるって信じてるよ』
『絶対に大成功させるから、主任も楽しみにしててくれよな!』
『以上、朝班でした〜』

 さっき練牙くんが何か言いかけて慌てていたのは、雪にいのシュウマイの件をサプライズにしてくれようとしたのかな。今から楽しみだけれど、考えただけでお腹が空いてきてしまった。
 ちょうどいいタイミングで、隣の部屋の扉がガチャリと開く音が聞こえる。兎部屋の住人は二人とも静かに歩くので遠ざかる足音では判断し難いけれど、この時間ならきっと、雪にいが朝食を作りに行くところだろうか。
 急いで追いかけて、手伝いに行こう。きゅるりと鳴りそうなお腹を宥めながら、脱ぎ捨てたスリッパを履き直した。