Kafuka Oguro
このHAMAの海の、穏やかに揺れる水面を眺める時間が好きだ。
世界のどこへ旅をしたって、僕らは必ずここへ帰ってくる。そうでありたいとかじゃなくて、これは運命の話。
「今日は釣りじゃないんですね?」
海に行くよとしか言わないからてっきりそうなのかと、とぼやく彼には、こういう情緒はあまり共感してもらえなさそうだなと思う。今でこそ区長を続けてくれているけれど、添はたぶん、本来ひとつところに留まるタイプではないだろうから。
「ただ海を眺めていたい日だってあるからね」
「ふーん?」
柵にもたれかかってぼんやり遠くを見つめる添は、きっと今、何でオレも連れてこられたんだろうなぁもう帰っていいかな〜? って考えているところかな。深く被った帽子で表情はよく伺えないけど、大きく外してはいないと思う。
添はどうやら、最近あまり外に出ていないようだから。なんだっけ、海外にいる設定だとかなんとかで、知り合いにHAMAにいると知られたくないらしい。まったく学校の人気者は大変そうだ……というと、自称兄を名乗る男の顔も同時によぎってしまうけれど。
「寮に引きこもりっていうのもあんまり健康によくないでしょ。たまにはおひさまの光を浴びなきゃ、ビタミンDは生成されないんだから」
「えぇ……」
眩しいし寒いし早く帰りたいんですけどー……なんて文句が聞こえるけど、聞かなかったことにする。添がこのくらいの寒さで風邪を引くようなやわな身体じゃないことくらい知っている。なにより、今日のこの外出は社長命令だからね。僕の気が済むまで付き合ってもらうよ。
「添ってあんまり無心で景色を眺めるようなことしないじゃない? だから今日は、いつもの分まで存分に海を味わって帰ってよ」
「別に、海なんてどこからでも見えますけどね。社屋だって海のすぐそばだし」
「わざわざ海を見にくるっていう行動そのものに意味があるんだってば。添には情趣への理解が足りないよね」
「あはは、よく言われます」
捻くれているとか冷めた目で世界を見ているとかそういうことでは全くなくて、たぶん添の場合、心の底から興味がないんだろう。
添の興味を引くには、今のところ酒か報酬アップが一番手っ取り早い。頼み事をするときには程よく釣れるし、釣ろうとしていることをわかっていても渋々乗ってくれるから助かってはいるけれど……なんとも味気ない取引だ。
「添って、とことん花より団子タイプなのかな」
「実利主義って言ってくださいよ。食いしん坊のガキみたいでしょ」
「ガキっぽいのはそんなに間違ってもないんじゃない?」
「失礼しちゃうなぁ」
添は僕よりすこしだけ年上だけど、ものすごく遠いところにいる大人のような顔をする時もあれば、昼班にしれっと混ざれそうなくらいの悪童精神を覗かせてくることもある。仕事に関しては常に前者であれと思うけれど、僕は後者のときの彼のことも嫌いではない。
自分がそうだったせいで、なんとなくわかってしまうからかな。
添の行動や価値観の根底には、たぶん、成長過程で得られなかったいろんなものへの憧憬や渇望が透けているんじゃないかなって。
……自分の話をほとんどしてくれない彼のことだから、実際のところどうなのかを知ることはたぶん一生ないだろうけれども。それでも、もしも彼の心の内側に情緒や風情を解するためのスペースが空いているのだとしたら、どうにかHAMAツアーズにいる間にそれを埋めてみたいなとは思っている。
「添、つきあってくれてありがとう」
「もう戻るんですか?」
「身体が冷えても怒られちゃうしね。……帰り道になにか軽食でも買ってあげる」
「お、やった〜」
この前オープンした焼き鳥屋が美味いって評判なんですけどどうです? なんて、急に調子がいいんだから。寮に戻ったら一杯やろうという魂胆が見え透いているので却下したいところだけれど、悔しいことに僕も興味を唆られてしまった。仕方ないからみんなの分も買って帰ろうか。
もう少し暖かくなって桜が咲くころに、もう一度連れ出してみよう。社長権限を存分に濫用しちゃおう。……彼は花見にも酒が必須だとか言うかもしれないけど。それで彼の気を惹けるというのなら、少しくらいは目を瞑ってあげてもいいかな。
(蛇足)
月に叢雲花に風をデュオしたふたりなので。
添と可不可、今後が怖過ぎてあんまり掘り下げたくなかったんですけど(死に損ないの天才……)おかげで腹の探り合いにもなれないふわふわとした会話になりました。
なんとなくホワイトデー前な気持ちで書いていたんですが、春先の海辺って可不可の身体にはあまりよくなかったかもなって今思いました。ごめん。