Nanaki Nanamegi
おしゃれなアクセサリーを探すのに叢雲さんを頼ったら、じゃあ一緒に買いに行こうかと連れ出されたとある日曜。
いつものネックレスに重ねられるようなシンプルなものと、ちょっとテイストの違うデザイン性の高めなもの。いくつか見繕ってもらったりもしながら候補を絞ってはみたものの、これだという決め手に欠けるような気がして、選び取るひとつを決められないまま数十分経ってしまった。せっかく休みの揃う日に時間を作ってもらったというのに、優柔不断な自分が嫌になる。
もう随分待たせてしまっているけれど、呆れられてるかな……と店内を見渡してみれば、少し離れた棚でバングルを吟味していたらしい叢雲さんとちょうど目があった。
「決まった……ってわけじゃなさそうだね? どれで迷ってんの?」
「あ……えっと、この二択なんですけど……」
ああ、わざわざ俺の方まで来させてしまった。
だけど、叢雲さんはそんなことちっとも気にしていない様子で、俺の手の中のそれをひょいっと覗き込んできた。身長は俺の方が少しだけ高いはずなのに、今は叢雲さんの方が大きいような気がするのは、大人の余裕を感じるせいなんだろうか。
「へえ、いいじゃん」
「そういってもらえるとちょっと安心します」
「七基は作曲のこと以外だと急に弱気になるね? センスいいんだから自分のチョイスに自信持ちなよ」
「そう……です、かね」
俺と叢雲さんのファッションの好みはどうやら近しいようなのだけれど、だからこそ、彼のセンスから大きく外れていないか緊張もしてしまうわけで。それに最近は、自分の好みだけじゃなく、見てほしい人がいるから、なおさら。
「……いつか振り向いてもらえると、思いますか」
「えー、それ、オレに聞く?」
オレは追うより追われたい側だからわかんないかもよ〜? と茶化すような物言いをされてしまった。わかってますよ、俺はずっと追いかける側だって。
「こっちから愛を乞うようなのとは、当分無縁でいたいかな」
そう続いた言葉に、引っかかりを覚える。その言い方は、まるで。
「叢雲さんも、追いかける側だったこと、あるんですか」
彼は一瞬目を丸くして、だけどすぐいつものようにへらりと笑った。
「……まーね。もうずっと前のことだけど。意外?」
「ちょっとだけ」
「はは、遠慮しなくていいよ。オレも似合わないなって思うもん」
こういうときどういう反応をすればいいのか、俺はいまだによくわからない。否定するのも肯定するのも違う気がして、曖昧に笑っておく。というか、心の衝動に、似合うも似合わないもあるだろうか?
「でもまあ、そうだな……請われる側には請われる側の責任があるわけだけど」
「責任、ですか?」
「そ。相手に全力で追いかけさせてあげる、愛を存分に注がせてあげるだけの器を用意しておくのが、最低限の礼儀ってものでしょ」
「……それは、」
「主任はそういうの、無意識に蔑ろにしちゃうタイプだと思うよ〜?」
「しゅにっ……いやまあ、叢雲さんにはもうバレてるだろうから別に否定も隠しもしないですけど……」
追われる側の責任、とは。考えてもみなかった方向性の話に、少しだけ戸惑うけれど、叢雲さんの言いたいことはなんとなく掴めるような気がする。追う側と追われる側、それぞれでバランスをとって駆け引きしなきゃダメだとか、そういうことなんだろう。
じゃあ叢雲さんの追いかけてた人はどうだったんですか、なんて。
気になってしまったけれど、聞けるはずもなかった。だって、聞かなくたってなんとなくわかってしまったから。そこに傷があるとわかって敢えて抉るようなことは、俺にはできない。
それに、俺はたぶん、叢雲さんの言うところの責任というやつを、見て見ぬ振りで避けてきてしまった側の人間だ。向けられた気持ちを蔑ろにしてきた俺が、自分の気持ちには向き合ってほしいだなんて、この人にはとても言えない。言わなくても伝わってしまっていて、気づかないふりをしてもらっているだろうことまで含めて、居た堪れない。
「叢雲さんは、後悔、してますか。最後まで追いかけなかったこと」
「……さあ、どうだろうね」
果たして叢雲さんは、追いかけなかったのか、追いかけられなかったのか。その辺りの事情は、俺には押し測ることができないけれど。はっきり否定しないのは、つまりそういうことなんだろうと思った。
「叢雲さんは俺よりずっと大人で、恋愛で悩んだことなんてなさそうだと思ってたから、ちょっと安心したかも……って、すみません、こんな一方的なイメージを押し付けるのも失礼ですよね」
「別にいいよ。……オレからすれば、七基の方がよっぽどいい恋愛してきてると思うけどね」
だから七基は、置いていかれないようにしっかり喰らいついておいてよ。そういう叢雲さんの声が、思ったよりも切実に響いたから。その瞳によぎったのがどういう感情だったのかもわからないまま、俺は頷いてみせるしかなかった。
「で、どっちにするか決めた?」
もう、迷う理由は無くなってしまった。
この恋を大切に、決して逃さないように。絶対に壊したくはないけれど、でも進んでみなくちゃ何も変わらない。
だから。
「……こっちで」
「だと思った」
軽く掲げたペンダントは、照明の光を眩しく反射していた。
(蛇足)
七基にとっての添って、今のところ年上のちょっとおしゃれなお兄さんなんですかね。
添が普通に生きることをどこかで諦めきれずにいるのは、いつかどこかの記憶に希望があったからなんじゃないかなと思っているんですが、いま私たちに開示されている情報の中では二曲輪の九番目と呼ばれた人が一番それに近いのかな、なんて。いろんなものを捨てなければならなかった添には、七基の恋ってきっとすごく眩しく愛おしく映るだろうけれど、だからこそ応援したくなるんでしょうね。
「責任」に対してどちら側にいるのかも対照的なふたりだなと思って、こんな話になりました。