Ushio Kurama
「大学生って暇なんですか?」
「そう見える?」
「そうとしか見えないから聞いてんですよ」
終わるまでいるつもりですかと問えば、それが当然だとでもいうような顔で首肯される。
まあ、いいですけど。材料提供者のことは無碍にはできないし、カウンターからこちらを眺めているだけなら作業の邪魔にはならないし。
火にかけた小鍋の中の赤が、次第にくずれてどろどろになっていく。
叢雲さんが何処かからもらってきたらしいクランベリーは、この時期にしてはほどよく熟れているようすだったけれど、やっぱり生で食べるには酸っぱくて。ぞっとする量の砂糖を投入したから甘くなっているはずだとは思うものの、初めて作るレシピはいつだって完成するまで若干の不安が付き纏う。
というか、好きに使ってよと袋ごと渡されて、なかなかお目にかかれないものだからとありがたく頂戴してしまったわけだけれど、叢雲さんってそこそこお菓子作りもできるんじゃなかったっけ。
「今更ですけど、なんで俺がジャムにしてるんですかね、これ。叢雲さんがもらってきたなら叢雲さんが何か作ればよかったんじゃないですか?」
「えー、だって潮が作った方が美味しいし?」
やればできるのとそれが好きかどうかって別の話だしね〜と、スマホを弄っていない方の手をひらひらとされてしまった。そういうものですか。俺のスイーツを結構気に入ってもらっているようでなによりですけれども。
身の回りに大学生のサンプルがいないので実態がよくわからないけれど、この人は普段何をしているんだろうかというのはずっと気になっている。さっきからずっとスマホを見ているし、さっきチラッと見えた画面はSNSサーフィンのようだし、課題とかやらなくていいのか?
「……大学って」
「うん?」
「たのしい、ですか」
いや、違う、完全に間違えた。
聞きたいことはそこではないのに、間をすっ飛ばしすぎている。絶対、こいついきなりどうしたんだろうって思われた。
しくじった動揺を誤魔化したくて、やっぱなんでもないです、とゆるく鍋の中をかき混ぜる。あんまり触ると実が崩れすぎて食感がなくなってしまうけれど、ソースみたいになっても美味しいはずだ。どちらがいいんだろうか。
「なに、大学生活に興味ある?」
「興味っていうか、まあ、そろそろ進路とか考える時期ですし」
「ふーん?」
興味なら、ある。やってみたいことも。
だけど、それだけで進学を選べるわけじゃない。少なくとも俺には、気軽にそれを選べるだけの条件が揃っていないから。
自分で言うのもアレだけどさあ、とカウンターに肘をついた叢雲さんは、いつの間にかスマホの画面を側に伏せていた。……そういうところですよ、全く。
「そういう相談先って主任とかの方が適任じゃない?」
「……あの人は、基本的に応援してくれちゃうでしょ」
「ま、それもそうか」
こういう無駄な場面で変に真面目なところというか、大事なタイミングできちんと向き合おうとしてくれているようにみせてしまうところが、あんたの良くないところですよ。
そう思うけれど、さすがに面と向かっては言えないので、代わりに心の中で毒づいておく。どうぞこちらのことは気にせずネットサーフィンに戻っていただきたい。
「……ま、追いかけられるうちに追いかけておきなよとは思うけどね」
「何の話ですか?」
「んーん、なんでもない。オレから言えるのは、諦める理由が金だけなら諦めないほうがいいってことくらいだよ」
あてにならない大人で悪いね。ちっとも悪く思ってなさそうな声だ。
あんまり期待してなかったので大丈夫ですと言えば、信用ないな〜と特段残念でもなさそうな苦笑いが返ってくる。だから、少しくらいは取り繕うふりをしろってんですよ。
ジャムの方はそろそろいい煮詰まり具合だろうか。ゆるすぎてもトッピングに使いづらいけれど、火を入れすぎて硬くなってしまうのも嫌だし。
火を止めて、煮沸しておいた瓶に詰めて、脱気して。うん、綺麗な深い赤色。食べ盛りが集まるこの寮では、どうせ長期保存なんて全くできずに数日で食べきられてしまうんだろうけど、まあ念には念をということだ。
詰めずに残しておいたおたま一杯分くらいのそれを深めの小皿に移して、叢雲さんの目の前にサーブする。
「あとは粗熱とれるの待つだけなんで。こっちは柔らかいままでよければもういけますけど、どうします?」
「お、今食べさせてくれんだ。ラッキー」
「最初からそのつもりで居座ってたんじゃないんですか」
「あ、ばれた?」
俺に用があるわけでもないのにわざわざ作業を眺めに来ている理由なんて、それしかないでしょ。というか、ここまで見せておきながら試食もせずにはい解散というのは、さすがに俺が落ち着かない。
「……これだけだと、ただの味見みたいですね」
せっかくなら何かにかけて美味しく食べたい。いや、そのまま食べたってもちろん美味しいだろうけれども、少なくとも俺はジャムを単体で食べるような酔狂な趣味は持ち合わせていない。
「昼に作ってたガトーショコラは? 宗氏用?」
「一応全員分ありますけど……あれは一晩寝かせて美味しくなるやつなんで」
「へえ、そりゃ明日が楽しみだ」
「アイス……は昨日アホ竹たちが全部食べたって言ってたっけ。クラッカーは開けたら食べ切らないと湿気るし……」
仕方ないから食パンでも焼くかな、とパントリーを漁っていたら、いつの間に発掘したのか、叢雲さんがホットケーキミックスの袋を手にしていた。
「オレがパンケーキ焼いてあげようか」
「叢雲さんが?」
「そ。もらい物を片付けてくれたお礼ってことで」
「さっきと言ってること違いません?」
「えーそうだっけ? そりゃ潮には劣るだろうけど、ミックス粉なら一定の味は保証されてるし、まあ任せなよ」
気分屋というやつなのか、やっぱり、どうにもこの人はやりづらい。教育に悪いクズみたいな大学生をやっているときもあれば、突然まともな大人たちに並ぼうとしてくるときもあるから。他人に本質を掴ませる気がないんだろう。
まあでも、そうだな、これは真面目に話を聞く姿勢を見せたくせに相談に乗り切れなかった埋め合わせとかなんとかそういうやつかもしれない。俺に申し訳ないとかではなく、そのままにしておくのは彼自身の座りが悪いだろうから。たぶんこの人は、そういう基準で動く人だ。
パンケーキなら、クランベリーの甘酸っぱさを楽しむのにもちょうどいいだろう。エプロンの紐を外して、作業場所を譲る。
「……じゃあ、まあ、お手並み拝見ってことで」
(蛇足)
テーマは米津玄師『クランベリーとパンケーキ』です。そのまますぎる。さわやかで気怠い休日感がこのふたりにぴったりだと思って。曲を知らない人はぜひ聴いてください。
潮って大学でやりたいことはありそう(ロボット工学系とか)だけど、家庭環境を思うと安易に進学しますとは言えなさそう。本人は添にそういう話をするつもりは全くないと思いますが、だらっとした空気に当てられてぽろっと溢すことはあるかもな、という。それに、潮は添のこと好きではなさそうだけど(クズだから)嫌いとまではいかないし、添は潮のこと嫌いじゃないと思うんですよね。生き辛そうな性格してる若い子には概ね優しい気がします。