Tao Kinouchi
小さなコインが、指の間をくるくる踊るように転がって、次の瞬間ぱっと視界から姿を消す。かと思えば、全く別のところからふたたび現れて、そのしなやかな指にまた弄ばれて。
「おぉー……」
さすがというべきか、器用を自称するだけあって、鮮やかなマジックだった。
「ちょっと反応薄くない?」
「いや、そんなことないです。すいません、驚きより感動が勝っちゃって」
「そう?」
「俺はそういうのあんまり得意じゃないんで……。叢雲さんって、マジック上手いんすね」
リビングでカード当ての練習をしていたところにふらっとやってきた叢雲さんが、オレもちょっとだけならできるんだよね〜なんて言って見せてくれたマジック。カード当て以外に芸がない自分からすると、俺にはこんな器用なことはできないなと感嘆するしかできない。
「まあ練習すれば太緒でもできると思うけどね」
「そう……っすかね」
Ev3nsの活動のことを考えればカード以外にも触れるようになっておいた方が画面映えもしていいんだろうとはわかっているけれど、カード当てという行為に紐付いている記憶のことを考えると、それだけをやり続けるのもそれ以外に手を出すのも、それぞれに思うところがあって。挑戦してみたいような、したくないような。
試しにコインをつまみ上げて、手のひらの中で滑らせてみる。向こう側から見えないように指の間に挟んで隠……そうとして、床に跳ねたそれがカーンといい音を鳴らした。あ、無理かも。
「……」
「そりゃ最初はだれでもそうなるって」
「フォローしてくれなくていいっすよ……」
「本心なんだけどな〜」
それにしても、叢雲さんがマジック経験者だとは知らなかった。交友関係を広げるときに一芸持っていれば話題になるとか、そういうやつだろうか。就職……は流石に関係ないか。叢雲さんはダンスも上手いし、こういうまだ明かされていない隠し芸がいろいろあるのかもしれない。
コインのことは諦めて、トランプを意味もなく弄る。向かいのソファの叢雲さんは、つられるみたいにしばらくコインをくるくる隠したり転がしたりした後、急にすっと手を止めた。
「……太緒は、手品やるわりに、嘘が下手だよね」
「?」
言われた意味がわからなくて、俺のカードを捲る手も止まる。確かに嘘を吐くのは苦手なほうだという自覚はあるけれど、手品と嘘って関係あるか?
「何が言いたいんだって顔してんね」
「……顔に出てました?」
すみません、と頭を軽く下げれば、こっちが急に振った話なんだから気にしないでよと制される。こういうとき、叢雲さんは表情が読みにくいから感情が掴めなくて、ちょっと緊張する。俺はたぶんあんまり表情筋が動かないタイプだけれど、叢雲さんは表情筋を敢えて動かさないタイプな気がしている。他人を弄ぶのに長けている人によくいる、周りからの見られ方の印象をコントロールする感じの、……あ、もしかして「嘘」ってそういうやつなのか。
その場に提示したもの、提示せず隠したタネ、ギミック、そういう必要な要素を揃えただけでは、マジックは成立しない。いや、もしかしたら可能ではあるのかもしれないけれど、それではただの作業であってショーにはならない。いかに前提を勘違いさせるか、視線を誘導するか、空間に没入させるか。そういう技術を「嘘」と呼ぶならば、それは確かに普段の自分とは乖離しているだろう。
「叢雲さんは、自分で嘘が得意だなって思うんですか?」
「まあ、太緒よりは上手いんじゃない?」
この人、いちいち言うことがリアクションに困るな、と思う。常に会話の主導権が向こうにあって、こちらがそうとわからぬところで手綱を引かれているような。それも含めて、嘘、というか、印象コントロールなんだろうけれども。なんだか少し潜さんに近しい空気を感じる。
「まあでも、太緒はそのままでいてほしいなとは思うよ。素直にまっすぐなままで生きていけるなら、その方がいいに決まってる」
「……?」
つまり叢雲さんは、そうではない環境で育ったということなんだろうか。思えばこの人の人生について、ほとんど教えてもらったことがないような気がする。俺も他人のことは言えない立場だし、叢雲さんに限ったことではないけれど、結構長い時間を同じ寮で生活してきた割にはお互いを何も知らないんだなと突然思い知らされたような。
まあきっと、変わってみろと言われても、逆立ちしたって俺はきっと叢雲さんみたいにはなれない。そんなに器用じゃないし、人間そんな簡単に容易く変われたら、誰も苦労しないだろう。
「太緒がオレみたいになっちゃったら絶対千弥に怒られるしねー。本当に変わっちゃダメだよ」
「千弥がなんていうかはちょっとわかんないですけど、まあ到底無理だから大丈夫ですよ。……っていうか、なんで急にカードシャッフルしてんですか」
「んー……ふたりだと何ができるかな、スピードとか?」
「もしかして遊ぼうとしてます? 飽きたんですか?」
「うん。マジック用じゃないやつだから安心してよ。あ、ブラックジャックとかのほうがよかった?」
本当に、なんなんだこの人。会話の波を乗りこなすのが困難だ。気まぐれで、掴みどころがなくて、千弥とはまた違った意味で猫っぽい。
まあでも、いいか。わからないままでも。どこからどこまで嘘をついているのかこちらには判断できなくても。それが、この人の中に定められた、自分の魅せ方のルールなのだとしたら。
ああ、でも、これだけは言わせてもらわないと。
「……嘘が苦手だって話の後にそれは、意地悪いっすよ」
(蛇足)
叢雲添、器用だからたぶんマジックもできる。
マジックの本質って騙ることじゃなくて欺くことだとは思うんですが、まあ広義的にいえばそれもまた嘘と呼べるでしょう、みたいな。添は叢雲添というキャラクターをがちがちに固めてそれに沿って動いているけれど、太緒はそういうこと考えずにまっすぐ生きているわけで、でも添はそういう太緒のこと嫌いじゃないだろうなと思いますね。変わっちゃだめだよ、太緒。